壊れた精神たちがつながれた1台の拡声器がある。雨の日も風の日も、それはいつも同じ場所に置かれている。それにつながれた人々はそれぞれが自分の拡声器を持っていると考えているが、実はまったく同じ拡声器につながれている。
「おはようございます」「X区のAでございます」「ご通勤ご通学お疲れさまです」「私がY議院のBでございます」「きょうは土曜日でございます」「Z議会のCでございます」「朝からご迷惑をおかけしております」
彼らに向かって通行人の誰かがお辞儀をしたり手を振ったりすると、「ご支援ありがとうございます」を何度かくり返して満足そうな表情を見せる。傷ついたCDのように彼らはみな同じせりふをくり返す。違うのは名前と所属議会と会派だけで、みなひどく病んでいる。
拡声器から洩れてくる話を聞く者はほとんどなく、通り過ぎる人々は何も感じていないようだ。病んだ精神のくり返すせりふに幼いころから馴れきっているから、ほとんど騒音にさえならない。議員やその候補者たちは、通行人たちのこの無反応ぶりを勝手に解釈し、言論の自由だ民主主義の定着だといって賞賛する。あるいは、この国の人々の国民性などと呼んで喜ぶ。議員たちにとってこれほど好都合な人々はいない。
そんな人々と拡声器のある光景に向かって一人の外部者が、「迷惑なんです」「誰も聞いちゃいないさ」と吐き捨てるように言って通り過ぎる。傲慢な彼らはそれを聞き入れない、かえって、その者を憐れみるかのような視線を送る。そして、苦情など何も聞かなかったかのように1台の拡声器に向かって叫び続ける。
鈍感な精神たちよ、果てしなく広がる砂漠の恒河沙の人々の群よ、1台の壊れた拡声器よ、なぜ罵声を浴びせないのか。
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