一茶02: 日常語かへる

一茶の句には蛙を詠んだものが多い。春の部(縦書き文庫版 春6 蛙・蝶・蜂)に季語として載っているだけで200句ほどある。ほとんどは漢字で蛙と表記しているが、<かへる><かはづ>とひらがな表記しているものもある。さて、漢字語の蛙をどう読むべきか。

<かはづ>と表記されたものは次の10句である。[ ]内: 縦書き文庫「縦書きで一茶」の句番号

  • 浦人うらびとのおめしうへかはづ哉 文化句帖 化5[春2662]
  • ちるはな口明くちあけまつかはづ哉 文化句帖 化5[春2663]
  • 木母寺もくぼじかね孝行かうかうかはづ哉 八番日記 政2[春2769]
  • 江戸川えどがはかはづもきくやさし出口でぐち 八番日記 政3[春2771]
  • あめふろやりふろともなくかはづ 文政句帖 政5[春2782]
  • 吉原よしはらやさはぎにすぎなくかはづ 文政句帖 政7[春2807]
  • いま一喧嘩ひとけんくわしてなくかはづ 希杖本 [春2816]
  • 大榎おほえのき小楯こだてとりなくかはづ 希杖本 [ 春2818]
  • 御社おやしろへじくなんでかはづ哉 浅黄空 [春2820]
  • うしかうべにすわるかはづかな 発句鈔追加[春2824]

他方、<かへる>表記は次の三句のみだ。上の<かはづ>表記の句との違いはあるだろうか。一読しただけでは判然としない。ただ、繰り返し読むと、<かへる>表記は作者と蛙の距離が近く、蛙に対する感情移入の度合いが深いように感じられる。

  • よひやみ一本榎いっぽんえのきなくかへる 享和句帖 享2 [春2628]
  • 昼顔ひるがほにうしろのゆるかへる哉 化五六句記 化5[春2664]
  • ふきにとんでひつくりかへる哉 文政句帖 政7[春2805]

蛙は春の季語に分類されているが、夏にも次の句がある。これらの句において作者は蛙と対等に対話しているが、相手方に対する感情移入があればこそ対話が成り立つ。<かへる>のいる情景を観照するのではなく、意気投合している。

  • 夕立ゆふだちはあらうかどうだかへる殿どの 八番日記 政2[夏583]
  • ばかがへるすこたんいふ夕涼ゆふすずみ 七番日記 化13 [夏2073]

夏2073について七番日記(岩波文庫版)は蛙を<がへる>としている。<ばかがえる>がしっくりするだけでなく、<ばかかはづ>はそもそも成り立たないのではないか。それは僕の感官がカエルに馴れていることを意味するだけかもしれない。いや、ただ耳慣れているだけではない、作者と同じく<かへる>に強い親近感を感じているのだ。

日本国語大辞典「カエル」の項目を引用して、縦書き文庫版の監修者が蛙のルビを<かへる>だとし、校閲者も<かへる>としていた。二人とも一茶の句の真髄をみていたに違いない。僕はやや遅れて<かへる>と<かはづ>の違いを感得しただけだ。

  • 上代に<かへる>の確実な例はないが、万葉集8-1623に楓(かへるで)を蝦手(かへるて)と書いた例があるので、<かえる>の語は存在したとみられる。<かはづ>が歌語[1]であるのに対し、<かへる>は日常語であったと思われる。そのため、鎌倉時代にも「かへるとは隠題の外はよまず」(八雲御抄-3)とされた。類例に<たづ>(鶴)と<つる>(鶴)がある。【日本国語大辞典より】
  • [1] 歌語(かご) 和歌に用いられることば。とくに鶴(つる)に対して「たづ」、蛙(かえる)に対して「かはづ」、あるいは「わぎもこ(我妹子)」「さくらばな(桜花)」「さくらがり(桜狩)」などのように、普通の話しことばや散文には用いられず、和歌を詠むときだけに用いられる特定のことばをさすことが多い。【日本大百科全書より】

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