一茶の発句集を縦書き文庫に掲載するに際し、はじめは一般的でないと思われる漢字にだけ現代かな遣いのルビを振っていた。たとえば、蛙には<かえる>、庵には<いおり>、角田川には<すみだがわ>などとした。そのうちに、夜に<よる><よ>、京に<きょう><みやこ>など、使いなれた漢字に複数の読みがあることに気づいた。
そして、しだいにごく平易な漢字を含めすべての漢字にルビを振るようにした。他方、かなで書かれた部分で前後の区切りがわかりにくいところに漢字ルビを( )に入れるようにした。こうして漢字に現代かな遣いのルビを振ってきたが、春6の蛙と蝶のルビを振ってしばらく経つと疑問を抱くようになった。
蛙は一律<かえる>にしていたが、<かはづ><かへる>とひらがな表記の句がある。蛙という漢字の読みが揺らぎはじめたのだ。たとえば、「痩蛙まけるな一茶是に有」を当然のように<やせがえる>としていたのを<やせかわず>の可能性もあるのか、と考えた。一律に<かわず>としたが、逆に違和感も倍加する。<やせがえる>に馴れたせいか、<やせかわず>と読むとしっくりこない。
古池に代表される芭蕉は<かわず>で一茶は<かえる>なのだろうか。そう単純でもなさそうだ。こうして、<かえる><かわず>のあいだの揺らぎが嵩じ、<かわず>ではなく<かはづ>、<かえる>ではなく<かへる>とすべきかと考えるようになった。蝶という漢字も<ちょう>ではなく<てふ>と表記すべきだろうと考えた。
そもそも、1946年に現代かな遣いを導入したのは間違いではなかったかとまで考えた。当時少なからぬ文人や学者が歷史的かな遣いの廃止に反対していたことを知った。→なぜ歴史的かな遣いを廃したのか
夏4から歴史的かな遣いの総ルビに踏み切ったが、これまで以上に時間を要することがわかった。また、時間をかければ誤りのないルビ振りができるというわけでもない。「ひ」と「ゐ」、「え」と「へ」、「え」と「ゑ」などなど、どちらにすべきか悩まされることがふえた。そして、歴史的かな遣いについて専門知識を有する人に校正してもらうことにした。
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