零れ話: ロウジンコウ[老人考]

歳を重ね、日々の暮らしを振り返ると、残酷なまでに自分の“老い”に気づく。
いざ老人になってみると、十年後でも、今身罷っても、まぁ大した違いがないようにも思える。
「どうせ死ぬのに、なぜ生まれてきたのだろうか?」
なんて浄土宗の開祖・法然のお言葉をあげてみた。
兎も角、“老い”の落としどころを考えるのは、「頭の体操」となり、永遠の課題でもあるのだろう。

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