零れ話: ミニクイ[見にくい]

「見ることが難しい」→ 「見にくい」
「見たくない」 → 「醜い」

己のことであるが、果たして、自分で把握・理解しているのか…
最も、見えにくいのが“自分自身”ではないのだろうか…
だから、自分は本当は何も分かっていないと謙虚に構え、他方の見方を学ぶ姿勢が求められるのではないのだろうか。
「見にくい」ことから、「醜い(悪魔)」ものを「正気(正義)」と捉えていないとも限らない。
此れを踏まえて、己の頭で『ガラガラ、ポン』した上で、己の意見とすべきではないだろうか。
何せ、己の看板である顔が、よりによって、己のだけでは見ることができない。
他のもの(鏡、など)を介さないと、しかも、歪んでいることもあるわけで、何が“正気”か、慎重に対応したい。

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