零れ話: サツマイモ[薩摩芋]

徳川時代の中頃から、日本列島はしばしば飢饉にみまわれた。
その飢饉から農民を救ったのがサツマイモである。
薩摩の国にサツマイモを伝えたのは指宿郡の前田利右衛門で、密貿易の際に、中国から持ち帰った(1705)。
これを薩摩の国から持ち出したのが、伊予国の下見(あざみ)吉十郎で、藩令を犯し、密かに持ち出したという(1732)。
サツマイモを全国的に普及させたのが青木昆陽。「蕃薯(ぱんしょ)=“薩摩芋の異名”考」を著わし(1734)、吉宗に上書した。
青木の努力で、幕府の手で栽培法が研究され、これが普及に貢献したとされ、「甘藷(かんしょ)先生」と呼ばれた。

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