この作品は縦書き文庫に載せています(文庫版と異なるところがあります、最終版は文庫版をご参照ください)。
東西に長く広がる東京都の中ほどにある善福寺池—–その湧き水を源とする善福寺川は草に覆われた岸の土がコンクリートに代わったとはいえ、いまも百年前と同じように流れている。その中流域に住む老夫婦と老母をめぐる日々を描こうとした。あと数年で百歳になる老母に死期が迫っていた。
* * * * * *
夫婦ともに七十歳近い彼らは結婚したときから妻Kの母親と同居している。ことし数えで九十七歳になる老母は五年余り前に胆嚢炎で三ヵ月ほど入院した。退院後は以前ほど自由に動けなくなり、たとえば、誰かが支えないとトイレにも行けなくなった。老々介護の日々が始まったのだ。
夫婦は敬虔な仏教徒で創価学会の会員である。紫檀材の仏壇に安置されたご本尊に向かう朝夕の勤行を欠かしたことがない。勤行のときの唱題はもちろん、時間を見いだしては「南無妙法蓮華経」「なむみょうほうれんげきょう」とリズミカルに題目を唱えた。唱題こそが彼らの生命力の源泉だった。ことし夏前に老母が五年前と同じ病気で入院してからは、さらに題目をあげるようになった。何時間も坐って「なむみょうほうれんげきょう」「なむみょうほうれんげきょう」と真摯に唱題した。その祈りが通じたのか、老母は医者も不思議に思うほどの快復をみせて一ヵ月ほどで退院した。
だが、完治したわけではない。自宅療養に切り替えた分、介護の負担がさらに大きくなった。トイレも二人で支えないと行けない。一ヵ月余りの入院でさらに筋肉が萎えてしまったのだ。それに負けまいとして夫婦はさらに唱題に励んだ。一時中断していた週三回のデイサービスにも何とか通い、しだいに快方に向かっているかにみえた。ただ、介護に必死なあまり、気づかないうちに二人とも疲労が蓄積していた。
九月半ばのある朝、母親をデイサービスの迎えの車に載せるため、車いすに載せようとして玄関の土間でKが抱えて立ち上がろうとしたとき、支えきれずに転倒してしまった。母親は頭と額を強く打ち頭蓋から血を流した。迎えに来たデイサービスの人たちに勧められ、救急車で病院まで運んだ。たまたま外出していた夫のMは自分がいなかったことを悔い、Kは自分の不注意で母親に大けがをさせてしまったと考えて、それぞれ自責の念に苛まれた。夫婦とも長く続く介護のため心身ともに疲れていたが、止めるわけにはいかなかった。
十月上旬の休日、彼らの長男がめずらしく一人でやって来た。いつもは子どもたちと一緒だったが、ゆっくり話し合うために一人で来たのだ。彼は母の姿をみて話を聞くにつれ、ひどく疲れていると感じた。実際、夏に母親が自宅に戻ってからというもの、毎夜ベッドの傍の畳で横になるだけで布団に寝たことがなかったという。しばらく話したあと、ベッドに横たわる彼の大好きな祖母を見ながら、遠慮がちに入院させるように勧めた。このままではKも斃れてしまうと思ったからだ。心身ともに疲れ、体力的にも限界に近づいていたろう。はじめ入院させることを嫌がっていたKも、最後は母親の再入院に同意した。少し前の転倒事故が決心させたのだ。
さっそく病院に連絡して相談すると、救急外来で診察を受けるように言われた。いつも使っている介護タクシーのドライバーに電話すると、休日にもかかわらず、三十分後に来てくれることになった。こういうとき、Kは長年の学会活動を通じて培った人と人の絆の強さを感じるのだった。
病院に着いて救急受付で手続きを済ませると、老母はすぐに寝台に載せられ診察室に入っていった。診察結果がわかるまでKとMは控室の硬いソファで待たなければならない。一時間かかるか二時間になるかわからない。診察室は救急車から降ろされた患者を搬入するガラスドアと直結していた。診察室は四室に区切らられ、控室に面して四つの入口が並んでいる。その二つの入口の前には廊下を挟んで患者専用トイレがいくつかある。
診察室と一般病棟用エレベータに通じる通路の壁に挟まれた約十五m幅のフロアを控室と呼んでいる。部屋というよりも診察室の入口と患者用トイレと一般病棟に通じる壁面に囲まれたスペースなのだ。他の一辺に受付カウンターがあり、男性が二人坐っている。その前に三人がけソファ三脚が背中合わせのT字型に置かれ、トイレ側の壁面にも三人がけのソファがある。その両端に飲料の自販機と診察料を支払うATMのような機器が置かれている。スペースは中程で仕切られ、奥まったところに丸テーブルを囲むソファがあった。誰かが支払いをするたびにATMのような機器が抑揚のない音声を発した。
「診察券を入れてください」
「支払い手段を選択してください」
「…………」
「クレジットカードを入れてください」
「暗証番号を入力してください」
「…………」
「支払い方法を選択してください」
「確認してください」
「…………」
「ただいま処理中です」
「しばらくお待ちください」
「…………」
「領収証を印刷中です」
「…………」
「支払い手続きが完了しました」
「カードをお取りください」
手続きが終わると、また初めの音声「診察券を入れてください」を発する。まだ終わっていないのかと思い、みな機器をのぞき込むのだった。
控室で待つあいだ、何組かの患者と付き添い人が出入りした。そのたびにこの機器の音声が控室に響く。手続きが順調に進まないと、同じセリフが繰り返される。音声は無機質な若い女性の声を模しているが、事務的で機械的だ。ただ、それが控室の重苦しい空気を多少かき混ぜてくれる。こんな機械音を覚えてしまうまで聞かされ、出入りする人たちの雑談を聞きながら待ち続けるのは辛かった。母親の診察がどうなっているかまったく知らされず、ときどき控室に出てくる助手や看護士のような男女が事務的な質問をしていく。すべて機械仕掛けで動いているようで、家族たちはただ待ちつづけるしかない。KとMはそう言い聞かせて、じっと待ち続けた。
「Yさんのご家族のかた」
控室に入って二時間半後にようやく呼び出された。診察室に入ると、三十代後半とみられる医師が二台のパソコン画面に向かって何か入力している。その後ろに助手と看護士が立っている。医師がモニター画面のデータを見ながら機械のように唇を動かす。ひじょうに早口で緊張したような何かに怯えたような表情だ。対人恐怖症だろうか、精一杯自分を守っているようでもある。夏前に入院したときの担当医と同じ名前だったが、前回は対面のやり取りを求めても多忙を理由に応じなかった。そのときの事務的で温かみのない話し方と甲高い声を思い出し、Kは反発を覚えながらも怒りを必死に堪えた。Mもその口調に感情を害され、じっと耐えて聞いた。
「…………」
「三日前から何も食べられないということですが」
「せいぜいコップ一杯ぐらいのお茶だけです」
「急にそうなったのですか」
「七月に退院したときからあまり食べなくなりました」
「…………」
「この病院でできる治療はありません」
「点滴等の手当てはしますが、早めに療養型病院に転院していただきます」
「点滴を受けて、どれぐらい長らえるのですか」
「一ヵ月か二ヵ月」
「ご希望なら自宅に戻ることもできます」
「…………」
「息を引き取るのを待つしかない、ということですか」
「そうです」
「…………」
「必要な書類に署名してください」「…………」
そして、パソコンから十枚ほどの書類をプリントアウトする。彼の話すトーンを模しているかのようにプリンターの機械音が診察室に低く静かに鳴り響く。
「ジージッジー…ジジーッジージー…」
DNAR[notes Do Not Attempt Resuscitationの略、心肺蘇生術を試みないことを意味する]に関する同意書や行動制限に関する同意書ほかを差し出し、署名を求めた。最後まで事務的にマニュアルどおりに彼のスタイルでやり遂げた。控室の自販機や診療費支払機と同じく感情を抑え込んだ人間味のないトーンだ。Kは怒りのためか悔しさのせいか泪が滲んできて止まらない。
「数えで九十七だからもう寿命なのだ」。そう言い聞かせて泪を流しながら、Kは必死に自分を説得していた。Mも泪を滲ませていた。二人とも心のなかで題目を唱えながら。南無・妙・法・蓮・華・経、なむ・みょう・ほう・れん・げー・きょう、なむ・みょう・ほう・れん・げー・きょう、南無・妙・法・蓮・華・経、なむ・みょう・ほう・れん・げー・きょう、なむ・みょう・ほう・れん・げー・きょう…………
二人が病院を出ようとすると、一台の救急車が入ってきた。それと対向するように国会議員を載せた街宣車が前の道路を通過していく。「ジンジンジンジン ジンジンジン」。救急車のサイレンのような音量だ。右翼の街宣カーや大型トラックの宣伝カーと同じ騒音でしかない。病院の控室と診察室という異様な場所に三時間余りいたせいで頭の芯から疲れていた二人は、どこか日常から遊離したところにいた。その街宣車が国民を愚弄する政治業界に群がる人々の驕慢な悪ふざけに思えた。ついさっきまで控室と診察室で会っていた人々の姿が一瞬重なって見えたような気がした。
「今夜はおかあさんの寝ていたベッドに寝ればいい」。Kは夫がどういう感覚でこういうことを言うのかわからなかった。ただ、帰宅して疲れた体をエアマット機能の付いたベッドに横たえると、そのまま眠りに落ちてしまった。母の床ずれの痛みや温もりが感じられて、子どもに返ったように懐かしく感じられた。しばらくして目をさまし身を起こすと、Mが傍にいて、めずらしく肩に手をおいてマッサージを始めた。「僕の母が死のうとしていたとき、こうして肩を揉んであげた」。Mは自分の母親が亡くなったときを思い出していたようだった。
| The models in this short story are people who do not stand out in the eyes of the world, and although they are by no means affluent, they seem somehow fulfilled. We are often reminded of this when we see the couple struggling to support their elderly mother. How important faith is to them. No, not just for them, but whether faith is necessary or not for living as a human being. Isn’t this the most important question that we cannot avoid forever? |
| In contemporary Japan, which the author calls a “non-religious society,” religion is often a topic of superficial discussion, focusing only on a few prominent events. On the other hand, medical care is an activity that seriously confronts patients, and it seems to me that medical personnel are required to have a deep understanding and love for people’s lives. When we get down to it, we have no choice but to consider the meaning of people’s religious beliefs. I hope that this work will help people think about people and their faith, and how unstable and empty it is to have “no religion.” |