ある水曜日の昼(a draft)

待ち合わせの時間ちょうどに新宿駅南口に行くと、Nはもう来ていて、甲州街道をはさんだ反対側の歩道で手を振っていた。いつになく美しい。いったいどうしたのだろう。信号を待つ一分ほどのあいだ考えた。何かあったのだろうか。しばらくわなかったせいか、少しせたように見える。でもやつれてはいない。いつもどおり上下とも黒地の服の上にくすんだ浅葱あさぎ色のキャミソールのような物を身に付けている。

信号が赤から緑に変わるのを待ちかねたかのように、Hが足早にやけに幅広い横断歩道を渡る。近づくにつれ白いストライプの幅が広く見えてくる道路の向こうに輝いている彼女の笑顔が見える。たまらなくかわいらしい、いったいどうしたというのだ。彼の感情の高まりが彼女をきれいに見せているのだろうか。彼は数ヵ月ぶりに逢う彼女のことをずっと考えていたし、その肉感的な唇を思い出しては妄想に遊んでいた。それが彼女をきれいに見せていると考えたのだ。早春がすべての女性を美しくみせるように。

彼は満面に笑みを浮かべながら彼女に近づくと抱きしめたい衝動にられた。なのに何もなかったかのように振る舞い、Hに向かって 오랜만이다 [notes 韓国語で「久しぶりだね」ぐらいの意味]と韓国語で言った。Nがうれしそうにうなづく。黒いシースルーのそでが目の前に迫ると二の腕の肌がけて見え、また抱きたい思いに突き動かされそうになる。だが、雑踏ざっとうのなかで抱きあうほど二人とも若くはなかった。手を取り合うこともなく、街道ぞいに新宿御苑ぎょえんのほうに向かって歩き始めた。