国際戦没者追悼式という提案

1952(昭和27)年から今日にいたるまで毎年実施されている全国ならびに各地域の戦没者追悼式、その意味を改めて考えてみたい。以前から感じている最大の疑問は追悼対象が日本人に限られていることだ。

1952年当時、日本は戦後期の真っ只中にあり、戦没者の追悼式典が内向きなものになったのはやむを得ない、と理解することはできよう。ただ、それをそのまま継続しながら、一方で「戦後は終わった」とするのはおかしいのではないか。

戦没者というのは、文字どおり戦争で非業の死を遂げた人々のことである。日本軍が侵略した朝鮮・中国を含むアジア全域と太平洋地域で多くの兵士が死んでいった。沖縄戦や広島・長崎の原爆あるいは東京大空襲による一般市民の犠牲者も戦没者であろう。

忘れてならないのは、これらの兵士や一般市民のなかに日本国籍でない人々がいたことだ。さらに想うべきは、アジア太平洋地域において多くの外国人兵士と一般市民が先の戦争で非業の死を遂げたということだ。こう考えると、戦没者追悼式がいまも国内向けでしかないことは恥ずべきことに思われる。

このような趣旨において、全国戦没者追悼式の対象を日本ならびにアジア太平洋地域において先の戦争の犠牲になった戦没者に拡大することを提案したい。たとえば、式典に在京の関係各国大使等の出席を求め、国際戦没者追悼式とするのである。「積極的平和主義」という耳馴れない用語にも符合する式典となるのではないだろうか。

2 thoughts on “国際戦没者追悼式という提案”

  1. Y新聞は政府主催の全国戦没者追悼式に関し16日夕刊1面に「終戦76年、不戦の誓い」、17日朝刊1面と39面に「平和への誓い新た」「りりしい兄会いたい」の横見出し記事を掲載した。日本人犠牲者310万人に対する追悼である。「終戦」「犠牲者」「不戦の誓い」、いすれも主語を曖昧にする日本語が得意とする、客観化され責任の所在を問わない修辞に包まれている。天皇の「お言葉」はこのような意味において、きわめて日本語らしい日本語だといえるかもしれない。日本の政治はこの日本語の特徴をうまく利用している。その弊害がここにきていろいろな形で噴出しているのではないだろうか。

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