李琴峰 LI Kotomi という台湾語籍と日本語籍を持つ、数々の文学賞を受賞している作家の記事を nippon.com で読んだ。すごい人がいるな、と感心するとともに、文学というものが持つ可能性の広さを考えた。以下、記事から引用させていただく。国籍ではない語籍という語彙が持つ広がりを思う。
…国籍というのは閉じられたもので、所定の条件を満たし、所定の手続きを踏まえ、所定の審査を通して初めて手に入るもの。新しい国籍を取得するためには古い国籍を放棄する必要がある場合もある。しかし「語籍」は開かれたもので、誰でもいつでも手に入れていいし、その気になれば二重、三重語籍を保持することもできる。国籍を取得するためには電話帳並みの申請書類が必要だけれど、語籍を手に入れるためには、言葉への愛と筆一本で物足りる。国籍は国がなくなれば消滅するけれど、語籍は病による忘却か、死が訪れるその日まで、誰からも奪われることはないのだ。
やっと日本語籍を取得したその日、講談社ビルを出て黒が濃密な夜空を見上げ、私は一度深呼吸をした。そして心の中で決めた。この二重語籍の筆で、自分の見てきた世界を彩るのだと。