JBpress 佐藤優氏インタビュー記事

[以下 JBpress の記事より転載しました。下線ほか編集]

作家・佐藤優が読み解く、菅首相がじんわりと怖いのはなぜか

緊急事態宣言とオリンピック開催が両立する菅首相の頭の中の論理 2021.7.9 (金) 長野 光follow

「民主主義の消費期限はもう切れているのかもしれない」と話すのは作家で元外務省主任分析官の佐藤優(さとう・まさる)氏だ。コロナの封じ込めに成功した中国を見て、非常事態への対応には非民主な体制の方が強いのではないかと多くの人が不安を抱いた。民主主義が崩壊し、独裁のような形に変わっていくほど、私たちの社会や経済は追い詰められた状況にあるのだろうか。

ウラジーミル・プーチン、習近平、ドナルド・トランプ、金正恩など11人の独裁者を解説する『悪の処世術』(宝島社新書) を上梓した佐藤氏に話を聞いた。(聞き手:長野光 シード・プランニング研究員)

(※記事の最後に佐藤優氏の動画インタビューが掲載されているので是非ご覧ください)

恐怖政治の仕組みを上手く作ったプーチン大統領

──数々の政敵や反体制派をむごたらしく葬ってきたロシアのプーチン大統領こそ、現代の危険な独裁者というイメージにぴったりといった印象を受けます。プーチン大統領の人間性について教えてください。

佐藤優氏(以下、佐藤):反体制派に毒を飲ませたり、記者を殺したりしてもプーチンに得はありません。ロシアは直接選挙ですし、ロシア国民は知的水準も高い。そんな乱暴なことをしたら大統領に当選できません。「プーチンはバカだ」というプーチン観がありますが、そこまでバカな奴が20年以上も権力を握れるはずもない。

 一度、「ロシアは怖い」という価値判断を外してロシアを見てみたら面白いですよ。国会議事堂に乱入して銃乱射するような国が民主主義国だと本当に言えますか。ロシアだってロシアなりの基準で民主主義国なんです。

ウラジーミル・プーチンの大戦略』(2021年7月発売予定、東京堂出版)の著者、アレクサンドル・カザコフは僕のモスクワ大学の同級生で、プーチンの側近グループの一人です。

 この本ではデモクラシー(民主主義)が機能しなくなって、今の世界のトレンドはフォビアクラシー(phobiacracy、恐怖政治)だと言っている。プーチンは恐怖政治の仕組みを上手に作っています。忖度の構造を作るのが上手い。そして、日本にもフォビアクラシーがあります。

──日本の今の政権に恐怖政治の要素が見られるということですか。

佐藤:菅さん(菅義偉首相)はかなり怖い。彼がやっているのは、完全にフォビアクラシー(恐怖政治)です。少しでも反発する者が出てきたらバサッと切りますから。あれだけ頼りにしている尾身さん(新型コロナウイルス感染症対策分科会・尾身茂会長)だって、近々切られる可能性が十分あると思う。

菅首相がオリンピックに固執する論理

佐藤:オリンピックをやめたら自分の政権が潰れる。だから権力に固執していると考えると菅さんという人を読み違える。オリンピックをやれば感染者が増え、世界の変異株がたくさん入って来るなんてことは彼も百も承知でしょう。

 菅さんはこのコロナの中権力に空白が生じることで政治や経済に混乱が生じないように自分がやり続けることが唯一の選択肢だと信じている。そして、安定か混乱かどちらを取るかと考えた場合に混乱を避けるためにはオリンピックに突入せざるを得ないから苦渋の選択をする、と。

政治は究極の人知を超えた世界にあります。ヒトラーだって、最初から独裁者になると思っていなかった。最初は国民に選ばれた、と思う。その次に神様に選ばれた、と思うようになる。菅さんも神がかり的なところがあると思う。本人でさえ総理大臣になると思っていなかったんだから。今、このコロナ禍の日本で首相をやっているのは自分の天命だと思っていると思う。

彼は究極の現実主義者ですよ。河井克行(元法相)や河井案里(元参院議員)は、ガネーシャの会で菅さんの応援団だった人です。菅原一秀(前経済産業相)や吉川貴盛(元農相)、自分に近かった総務官僚、自分の息子も誰も守らない。単に冷たいというレベルではなく、「混乱を避けるために、申し訳ないけど事実だったらしょうがない、責任を取ってもらうしかない」という思想で切り捨てる。これは官僚や政治家としては怖いですよ。

──「ルールを破ったら仲間であろうと容赦しない」という姿勢は、国民の側からすると公正なもので悪くないようにも思えますが。

佐藤:そう思います。コロナの予防接種も思うように進んでいないし、オリンピック開催の不安もあるにも関わらず、菅政権の支持率は30%ある。これはかなり高い。

 混乱への恐れ、そういう感覚は国民の中でかなり強いと思います。今の政権が素晴らしいとは思わなくても、安定か混乱かだったら国民は安定を選択する。ただ、この安定か混乱かという選択は、ともすれば独裁を是認する方向に行きかねません。

もう一人の“独裁者”、習近平はどう見る?

──長い一人っ子政策の末、人口動態がいびつになった中国。成長が難しくなり、社会や経済の問題に政治が対処できなくなる時、次に民衆の心の拠り所になる可能性として宗教を想定している習近平は、先回りしてキリスト教をはじめ、外国の宗教を体制内部に取り込もうと目論んでいる、と書かれています。習近平政権は自分たちの作り上げたカルチャーが、宗教によって変容される可能性を恐れないのでしょうか。

佐藤:そもそも共産党体制自体に、理想的な社会を作っていこうという宗教的な要素があります。今までのようなマルクス・レーニン主義や毛沢東思想によって体制を維持できなくなったら、帝国を維持するために民心を安定させる宗教を取り込もうとするのは必然です。

 でも、中国国内の地下教会や法輪功、「イスラム国」(IS) 等は、極端に政治化して共産党体制とぶつかるから困る。矛盾せずに並存できる宗教といえば、カトリック教会です。

カトリック教会は、旧東欧の共産圏とも中南米の独裁政権とも上手くやってきました。今はまだ司教の任命権の問題があり、バチカンと手を握れていませんが、共産党体制に反発せずに社会問題を処理するという点ではカトリックが魅力的です。

 それから、創価学会(創価学会インターナショナル)の活動も同時に公認することになるでしょう。創価学会は、日本では戦時中、軍部と対立していましたが、今は自公政権の中で与党化しています。中国共産党政権の中で与党化することも可能ですよ。

──日本では創価学会は公明党を持っています。創価学会を大々的に取り入れる場合、中国政府は政治に関与してくる可能性を懸念するのではないでしょうか。

佐藤:そうは思いません。一国二制度の下で、香港とマカオでは創価学会インターナショナルの活動は認められています。それから、中国の各大学には池田思想研究所があります。創価学会が政治活動をしているのは日本だけで、世界百数十ヵ国の創価学会インターナショナルは政治活動をしていません政治との関係においては折り合いをつけやすい教団なんです。

トランプが勝ちを想定した民主主義のゲーム

──「私は低学歴の人たちが好きだ」と言い放ったトランプ大統領は、下品さを見せびらかすことで、大衆にこいつは気取っていないと思わせて引きつけた。トランプの強さは支持者がカルト化したところにある、と記されています。なぜ米国人は理想主義者のサンダース氏より、ヒールレスラーのトランプ氏をより熱狂的に求めたのでしょうか。

佐藤:政治は論理だけではなく感情で動きます。トランプは安定した支持者さえ掴んでいればこのゲームに勝てると計算していた。最後まで選挙結果を認めなかったことも、次の大統領選挙を考えれば正しいやり方です。

 民主党はトランプの逆打ちばかりしています。イランで対話を再開し、イエメンのフーシ派のテロ組織指定を撤回し、アフガニスタンからの米軍撤退に関しては政策がぶれました。

もっとも、アフガニスタンから米軍が撤退しても、米国の民間戦争会社が国際機関や米国企業を防衛しています。軍服からガードマンの服に変えているだけで、本質的な違いはありません。

──トランプには政治家になって実現したい具体的な事柄が存在しない。「アメリカファースト」はそのような国づくりを理想としているのではなく、自己表現の一つに過ぎない、と書かれています。政治をエンターテイメントにできるのが不真面目な政治家の強みだと思いますが、これは危険なことでしょうか。

佐藤:危険だけど止められない。ウクライナのゼレンスキー大統領は元コメディアンです。「大統領」というテレビドラマに出たら大ヒットして、その勢いで大統領になっちゃった。プロレスみたいになってるんですよ、民主主義って。

 そうなると民主主義以外の選択肢、恐怖政治の方が国民は幸せなんじゃないか。そういう発想も出てくる。

──民主主義が崩壊して独裁のような形に変わっていくほど、現在は追い詰められた状況だということでしょうか。

今後生まれてくる社会主義でも共産主義でもない体制

佐藤:中国はコロナを封じ込めることに成功している。この意味は相当に大きい。民主主義の消費期限が切れているのかもしれない。でも社会主義は、ソビエト型の社会主義の負の遺産のせいで無理です。そうすると、恐らく出てくるのは一種のファシズムでしょう。国家の暴力を背景にして、雇用を確保して、経済的な再分配をしていくという思想です。

──コミュニズムを装ったような形で、ということですか。

佐藤:利潤を追求する起業家精神は尊重するという点では、コミュニズムとは違います。経済は統制しないで競争はやらせる。でも、競争の成果物は取り上げて、貧しい人々に再分配する、というやり方です。中国は比較的近いと思いますが、共産主義という看板を掲げなくなると思います。

日本で言うとまず、年収3000万円くらいまでの人はいてもいい。でも、年間10億円、20億円稼ぐ奴からは全部召し上げて資産に課税する。消費税はがーんと上げる。それを原資として再分配し、最低700~800万円の世帯収入は皆に保証する、というイメージです。

──米国のような超富裕層の少ない日本では、資産家に大きく課税するという考え方は都合がいいと考える人は少なくないかもしれないですね。

佐藤:今のところは事実上、MMT(現代貨幣理論)で世の中が動いてしまっているわけでしょう。いくら国債売っても大丈夫なんだ、と。あれは絨毯にガソリンを撒いているようなものです。すぐに火はつかないけど、朝鮮半島や台湾海峡の有事等、国際情勢によって一気に火がついて極端なハイパーインフレになります。

その時、MMTだと、増税で対応するということになっているけど、そんなことが短期間でできるのか。そうなると、リバタリアン(自由主義)的な発想じゃなくて国家が乗り出してくると僕は思う。

──金正恩には求愛を恫喝で示すという独特な表現様式がある、と書かれています。当たり屋のようにトラブルを持ち込み、恫喝し困った相手を交渉の場に引きずり出して、注文をつけて相手が少しでも譲歩したら儲けもの、というあの質の悪いやり口を金正恩総書記はどこから学んだのでしょうか。

「北朝鮮の人々は今の北朝鮮にそこそこ満足している」

佐藤: 金日成や金正日の時には北朝鮮から輸出するものもあったし、第三世界の支援もしていた。金日成の主体思想に惹かれる人もそれなりにいました。金正日の時はリビアにトンネルを掘っていたし、土木工事なんかで儲けていたんです。

 ところが、国連の制裁が加わって、だんだんそういうことができなくなって、ハッキングして仮想通貨を盗むとか犯罪国家的になっていった。ある意味、北朝鮮に対する制裁が効いてるんですよね。

 ただし、核兵器を持っているから、迂闊なことはできない。北朝鮮は自分の身を守るために、核兵器が米国に到達するような形にしておかないといけない、と思い込んでいます。特に、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の多弾頭化に成功すれば、北朝鮮の安全は保障されるということになります。

 北朝鮮は貧乏ですが、朝鮮戦争直後に比べて人口が増えているし、1990年代後半に多くの餓死者を出した「苦難の行軍」の時期と比べても豊かになっています。

 北朝鮮のキャリアパスでは平壌に住むのが頂点だし、農村から地方の中核都市に移ることによって人の移動がある。それを目指して頑張るから、あの体制内でも、みんなそれなりに幸せにやっています。閉ざされた環境の中で、たとえ低い生活水準でも人々はそれを甘受して、そこそこの幸せを感じる、ということは十分あるんです。

──「私が20世紀の独裁者の中で最も興味を持っているのが、アルバニアに君臨したエンベル・ホッジャである」と本書で書かれています。日本で一般的に語られる国際政治の主要な人物の中では比較的マイナーな存在ですが、なぜこの独裁者に格別の興味を示されるのでしょうか。

佐藤:政治家にとって一番重要なことは、国民を飢えさせず食べさせることです。アルバニアは荒れた土地の小国なのに、エンベル・ホッジャは自力でちゃんと生き残って国民を食わせることができた。大したものです。しかも、ソ連や中国と喧嘩しながら衛星国にならず、バランスを取っていた。本来だったらユーゴスラビアに吸収されてしまうような小さい国ですからね。

──エンベル・ホッジャが尊敬していたのは、鉄の規律で民衆を徹底的に押さえつけ、平等な世界を実現しようとしたソ連の独裁者ヨシフ・スターリンでした。アルバニアもロシアもその後、破滅的な辛い時代に突入しますが、それは過度な理想主義者に無理に矯正された反動でバランスを崩して転倒した結果のように見受けます。完璧な世界の実現を目指す真面目すぎる政治家もまた、ならず者以上に危険な存在なのでしょうか。

究極の自己責任社会だった旧ソ連

佐藤:理想で世の中を動かそうとしても短期間しか動かない。最後は恐怖で動かすしかないし、理想的な社会を作るには恐怖政治になる。ただ、恐怖政治だとしても、その仕組みが機能している限りにおいては長期間続くんです。

 ソ連はある意味で、非常にいい社会でした。共産主義の理想である「労働時間の短縮」が実現されていました。1日3時間くらいしか働かない。土日は2回休むし、夏休みは2ヵ月ある。クーポン券が労働組合から配られるから、夏の間はリゾートホテルでみんな遊んでいたんです。

──生活が安定して様々なものが享受できたとしても、人々は精神的に幸せにはなれないのでしょうか。

佐藤:旧ソ連はそれなりに幸せだったんです。住宅はタダで分けてくれる仕組みがあって、普通の労働者は別荘を持っていた。郊外のログハウスに10人くらいで集まって、手作りの料理を持ち寄って飲んで・・・。全然悪くない、楽しい生活ですよ。

 別荘に集まってタイプライターで詩や作品を作ることもありました。どんな反体制文書でも、製本して20部作って配るくらいは全然問題ない。日本の学術論文の読者だって、実際は3人くらいでしょう。知的な活動をしている人は、20部程度発行できれば満足ですよ。

一人の人が一生の間に知り合える人は150人で、人事評価をきちんとできる人数は8人だと言われています。人というのは10人、15人の人がいればわりと満足なんです。今の日本の場合、10人、15人の友達に会いたいと言っても難しいでしょう。仕事で都合つかないとか、収入に余裕がなくてカツカツだとか。

──競争志向型の人は、ソ連時代はどうしていたのでしょうか。

佐藤:ソ連のエリートはハイリスク・ローリターンだったんです。腐っていない卵を買えるくらいの特権しかなかったんです。国家の指導的な立場になっても、政争に巻き込まれてシベリア送りや刑務所送りになるリスクがあった。でも、そこそこの生活でよければ政争に巻き込まれることはない。

しかし、人々はミネラルウォーターやビールを飲む時は、光にかざしてチェックする必要がありました。品質管理がないから、ネズミのうんこが入っている可能性がある。それを飲んで腹を壊しても自己責任、だからみんな一生懸命に目を凝らしていた。究極の自己責任社会だったんです。

今の自由民主主義を守るには

──不安が多い社会では、強くて賢くて大いなる何かに導かれたいという願望が人々の間で高まりやすくなる。民主主義による意思決定のシステムが面倒に思えてくる。民主主義のシステムの綻びが大きくなり始めた今、20世紀の妖怪たちが息を吹き返そうとしている、と本書の冒頭で書かれています。この底流にある問題意識を教えてください。

佐藤:私は自由民主主義を守りたいと思う。

自由になると格差がつきすぎるけど、平等にすると競争がなくなって息苦しくなる。自由民主主義というのは、異なるベクトルの間で折り合いをつけていきます。その折り合いをつける基準は、フランス革命の自由、平等、友愛というスローガンの友愛ではないか。

では、その友愛はどう作られるのか。率直に意見を交わして、信頼が積み重なっていくと、その信頼関係がある人たちの間では、折り合いがつけられる。そういうネットワークを、自分の手が触れられるチャンスがある時に作る努力を怠らないこと、それが大事だと思う。(構成:添田愛沙)

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