候補作に選ばれるということ…

二千点を超える応募作の予備審査はどのように行われるのだろうか。審査員5名がすべての作品を読む必要はないし、全体の5分の1を読むことも現実的でないから、相当数の予備審査員が分担して選考を行うのだろう。主催者側にその審査過程を公開する義務はないとしても、応募者にとって審査結果がかなり大きな意味を持つことを考えると、その基本枠組みぐらいは知らせてほしいとも思う。

もし審査員5名が中間発表の候補作あるいはその倍数ぐらいを審査するのだとしたら、実質的な審査は予備審査にあるともいえるから、相当数いるであろう予備審査員には相応の見識と公平性が求められる。予備審査のマニュアルのようなものがあるだろうし、長年の経験にもとづく閾(しきい)値のようなものを定めているかもしれない。それは作品の内容に直接関わるものではなく、文字数の規定枠や誤字脱字、意図的でない文法的な瑕疵など<形式的>なものになるだろう。

そういう<形式的>な基本をクリアする作品も相当数になるだろうから、その次の段階の審査は想像以上にむずかしい。文章の構成力、社会批判力、人間観察力、時代考察力、作家としての将来性、テーマの斬新さ、問題提起力、日本語力などなど、さまざまな要素が考えられるが、いずれも主観的な要素が少なからず含まれることになる。だからこそ、さまざまな文学賞が意味を持つのだろうが、応募者としては何とももどかしいところだ。

One thought on “候補作に選ばれるということ…”

  1. 応募者が審査枠組みにまでコメントするのはルール違反かもしれない。ただ、中間発表を待つあいだ自分を落ち着かせ、その結果がどうあれ納得させるために書いているのだ。

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