異界を考える

自宅から歩いて40分ほどのところに義母の墓があり、年に何度か足を運ぶ。そのたびにところ狭しと並んだ墓石を見て、いつか墓地の面積が宅地面積を上回る、という少年期の疑問が頭を持ち上げる。十歳のときにキューバ危機が発生し(1960年)、第三次大戦が起きると信じていた。フランキー堺(1929-96)主演の核戦争をテーマにした映画をみた記憶がある。当時、流れ星を見てミサイルを連想した。今はむかしだろうが、僕には生々しい記憶だ。

墓はもともと権力者の権勢を死後に及ぼそうという欲望の表れだろう。一般人が墓に葬られるようになったのはいつごろからだろう。自分の墓があって地上の一区画を占めようとする、その欲望が高価で取り引きされる。残された者のためという説明もあるが、説得力を持たない。

僕自身、墓のない海洋葬を望んでいる。

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