限界という「界」

「異界」という語にどんな意味を与えるかは人によって千差万別でしょうし、そもそもそんなものは認めないという人もいるでしょう。小説では、死によって画される世界、いま私たちが存在していると感じる世界とは異なる界、知ることのできない界という意味で使いました。

「界」は本来サンスクリット語で、漢語訳のようです。生と死を此岸と彼岸に対応させてもよいのですが、なるべく空間の要素を排除したかったので使いませんでした。なのに、河川が重要な要素として登場します。河葬(かそう)というのも、彼此(ひし)の川岸を思わせます。生前や死後という明らかに時間を含む表現も避けました。結局よくわからないまま、「異界」としたのです。

小説という形式で認知症や死について描きたかったのですが、文章力と想像力の不足から、漠とした現実味に欠けた内容になっているかもしれません。自分の限界を知るために書いたということでしょうか。書き終えたいま、17 世紀に風車に向かって決死の戦いを挑んだドンキホーテと従者の姿を、寂寥感とともに思い出します。

Don Quixote and Sancho Panza by Picasso 1955

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