都電が走っていたころの話

小中学生のころ、家は東京西郊の善福寺池の近くにあった。年に数度、そこから小石川にある母親の実家に出かけた。母は親兄弟に会うのが楽しみだったのだろうな、と今ごろになって思う。

省電と呼ばれたあずき色の電車で西荻窪から荻窪まで行き、そこで黄色い都電に乗るのが楽しみだった。荻窪駅の南口に都電の乗り場があったと記憶しているが、定かではない。むかしむかし青梅街道を路面電車が走っていたころの話だ。

鍋屋横丁と新宿を過ぎ、市ヶ谷の外堀が見えるとすぐ飯田橋だ。そこで乗り換えて春日町を過ぎ、初音町という駅で降りた。僕は春日町の近くの実費病院という厚生省の診療所で生まれたと聞いた。

夜、帰りの車中でときどき起こったことがある。外の景色を見ていて、急に家と反対の方向に向かっているように思われるのだった。慌てて父親にいうと「錯覚だよ」とばかりに黙って笑っている。そういうときの彼の表情をぼんやり覚えている。

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