小説「隠れンヴィーニと老人」では、恋愛を次のように捉えている。奇異に感じる人が多いだろうが、小説というfiction(虚構)のなかの話なので。
ンヴィーニたちのあいだでは、男と女・女と女・男と男の自由恋愛が認められていた。特異に思われるのは、少なからぬ恋愛が地下鉄の車内で生まれたことだろう。朝夕の混雑時に、男と女・女と女・男と男の老若男女が体を密着したときの感触に触発されて独特の恋愛感情がめばえた。
(「ひと目惚れ」というように)恋愛感情は視覚からめばえると考える人が多いが、日本島ではそういう恋愛はあまり多くない。一部の昆虫にみられるように、触覚から性愛に移るのが普通だった。触れ合ったときの感触の微妙な一体感や相性のよさが愛着を生じさせ、恋愛感情を生むきっかけになる。
触覚から生まれる恋愛感情を信じない人でも、皮膚感覚から性愛を連想することはできるかもしれない。ただ、恋愛感情のめばえたカップルの接触は、あくまでも想像世界における触れあいであり、すぐ交合に至ることはない。
視覚から恋愛感情を抱く人々には理解しにくいだろうが、触覚からの場合、恋愛感情と性交は直接結びつかない。接触している時間だけの恋愛として完結し、接触はあくまでも表面的な触れあいである。アルゼンチンタンゴを踊っているあいだの擬似恋愛に通じるものがある。