小説という表現方法(2)

推敲で入念な確認を心がけたのは、主人公が語る部分と筆者の語りの文章の区別だった。この作品では<ですます体>と<である体>で区別した(原則として、主人公の観察メモや治療時の口述の内容は<である体>にした。第3章では主人公の独白部分を<である体>、筆者の叙述を含むそれ以外の部分を<ですます体>にした)。

主人公の語りや考えも筆者が書いているから、筆者の文章であることに違いはない。ただし、主人公と筆者は常に一定の距離を保たなければならないと考える。その距離感がないと、小説のなかの登場人物は作者から独立できず、躍動感のない操り人形のような存在になってしまうからだ。逆にいうと、作者自身を客観できない筆者の観察は独りよがりになるのではないか、と思うのである。

表現方法(1)に書いた「独自の論理性ないし一貫した執筆姿勢」と関係するが、僕の考える小説の意義は、文字による記録の保存とともに、その記録を通して対象とする時代や社会を客観し批判することにある。

批判力を持たない、持つ必要がないとする立場があるのを認めるが、批判的な観察眼を持たない小説は普遍性に限界があるのではないか。世の中のすべての小説に批判力を求めるつもりはないが、僕が追求したい小説は批判力を持つものである。その筆力が備わっているかどうかは別の問題だ。

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