小説という表現方法(1)

70歳で初めて小説を書いたと云ったが、各章の下地になる原稿を1996年ごろ(第1章)、2018年ごろ(第2章)、1988年ごろ(第3章)に書いている。それぞれ周囲の限られた人に読んでもらったが、残念ながら、まったく不評だった。今回も評価されることなど考えていない。だから、好きなように思いつくままに書くことができたのだが、小説という表現方法にはそもそも何らの規制もないのかもしれない。

小説の推敲を重ねながら、40歳代後半に書いた修論の執筆過程を思い出すことがあった。執筆に要する労力はほぼ同じだったと思う。修論の記述は常に根拠のある資料や文献の裏づけが必要なのに対し、小説では特に資料を求める必要はない。ただし、だらだらと思いつくままに書いてはいけないと思う。独自の論理性ないし一貫した執筆姿勢に裏づけられていなければならないと思うからだ。このような考えかたが、あるいは僕の独自性になるのかもしれない。そこに小説の真価を見いだしたいと思う。

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